芸能

これを読めばわかる!レペゼン地球リーダーDJ社長って何者?

この記事ではレペゼン地球のリーダーDJ社長が何者かをレペゼン地球の大ファンの私が紹介します。

パリピでイケイケのイメージのDJ社長ですが、実はすごい人物なので皆さんに知ってもらいたいです。

「これを読めば絶対DJ社長のことがわかる」

というようなレベルで詳しく紹介していきます。

これを読んで少しでもDJ社長に興味を持っていただけたらファンである私も嬉しいです。

 

 

それでは見ていきましょう。

DJ社長のプロフィール

 

DJ社長のプロフィール

本名 木元駿之介

国籍 日本(韓国人と日本人のハーフ)

出身地 福岡

誕生日 1992年8月29日

年齢 26歳

血液型 AB型

身長・体重 173㎝、67㎏(自称)

経歴 福岡西陵高校→駒澤大学経営学部中退

職業 レペゼン地球リーダー、『Life Group』最高責任者

 

DJ社長の高校は?

出身が福岡ということもあり高校は地元の福岡西陵高校

調べてみるとそこそこ偏差値も高くちゃんとした進学校です。

どうやら中学時代に厨二病で毎日毎日遊び歩いていた社長が母親に頼むから高校だけはまともなところへ行ってくれと言われたのが原因らしいです。

ただ高校時代もカラーギャングに所属しており素行は良くありませんでした。

カラーギャング(和製英語:color gang)とは、アメリカのストリートギャングを模倣した日本の不良行為少年達の集団のことを言う。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/カラーギャング

カラーギャングと高校生活を送る中でも漠然と大金持ちになりたい、社長になりたいといった野心を持っていたDJ社長は高校生の頃に社長になると決心したと言っています。

そんな若かりしDJ社長ですが遅刻などを繰り返していたら高校を留年してしまい4年間高校に通いました。

同級生がいなくなった彼ですが「俺の方が年上なんだから偉い」と全く気にせずきちんと高校4年間を全うしました。

そして社長になりたいからとと東京の経営学部のある大学を受験しました。

DJ社長の大学は?

DJ社長はなんと駒澤大学です。

これには意外ですよね。

パリピでカラーギャングにも所属し高校で留年した彼がきちんとした大学に通っているのです。

社長になる目標のためにきちんと勉強してきたことが伺えます。

今現在のDJ社長を見てると企画力やマネジメント能力の高さが十分伝わるのでやはり昔から頭が良かったのですね。

大学生活では色々な会社の社長さんに話を聞きに言ったりしていました。

話を聞きに行ってわかったことは社長になって仕事をするにはまず500万が必要だということでした。

学生のバイトではとても500万という金額を稼ぐのは厳しいと気づいたDJ社長はイベントを主催してお金を稼ごうという発想に至りました。

ただ最初のイベントは失敗、その次も失敗と次から次に失敗していきました。

最初は一人暮らしだったのですがイベントの失敗が続きさらに借金などもありお金が払えず追い出されてしまったそうです。

人からもお金を借り何度失敗しても諦めずイベントをやり続けました。

そしてついにイベントが成功しました。

さらに次のイベントも成功しお金も全部返済したらなんと丁度500万ほど溜まっていました。

DJ社長は本当に社長なの?

東京で500万の大金を手にしたDJ社長は福岡に戻りその500万のお金で21歳の誕生日に会社を設立しました。

高校卒業をしてわずか1年半でDJ社長は本当に社長になれました。

まず500万のうちの300万を使ってBARを建てました。

その後自身がイベントで稼いだ経験から福岡でもイベントを行おうとして「博多Life」という名前のイベントを作りました。

目標は福岡で九州最大のイベントを行うことでイベント活動に尽力しました。

九州最大のイベントを行うため頑張っているも他のイベント会社からよく思われてない博多Lifeはたくさん叩かれ、スタッフも何人かやめていきました。

ただここで社長は持論である「悪口や陰口って言われている方が主役で言ってる方が脇役」を掲げ逆境に立ち向かっていきました。

その頑張りもありイベントは大成功でそれからもやるイベントやるイベント大成功でどんどん博多Lifeは大きい集団になって行きました。

なぜ借金が何千万もあったの?

たくさんのイベントで成功し大きなグループの一番上だったDJ社長は浮かれてました。

勿論お金はあったし、他の人からもあいつは凄いとたくさん褒め称えられたら社会経験の浅い普通の21歳なら調子の乗ります。

その結果詐欺師に騙されてしまいました。

それによって手元のお金の1000万以上全部持っていかれました。

お金のなくなった彼は本当にやばかったと言っています。

そりゃそうです。従業員の給料だけで月100万は超える上に元手がないとイベントを開くことすらできず何もできません。

当時博多Lifeの一番上にいた彼は立場や責任もあることから誰にも相談できずさらに従業員の給料も払えないことから急いでヒッチハイクで東京に向かいました。

東京に行き今まで築いてきた人脈をフルに使ってたくさんの人にお金を借りに行きました。

多くの人脈を築いていたDJ社長はそこそこの額を集めることはできました。

しかし100万や200万なんて焼け石に水でした

さらにそのタイミングでさらに詐欺をしてくる人間もいてせっかく集めたお金をいとも簡単にとられてしまいます。

詐欺に何度も騙される人間はバカだと思う人も大勢いるかもしれませんが詐欺はほんとに巧妙な手口を使って騙してきます。ネズミ講やマルチ商法と同じで自分の信頼している人間を使ってきたり巧妙に騙してきます。

せっかく借りたお金も詐欺や支払いに消えて、またお金を借りようとするが今度はその前にお金を借りた人にもお金を返さなければなりません。

借金地獄のの負の連鎖にはまって彼はやっと気付きました。

「借金を返すために借金をしてはダメ」

当然のことなのですが自分が追い込まれているとその根本を見失うのです。

とうとう借金が2000万、3000万になって「お金を返すためじゃなくお金を稼ぐためにお金を借りよう」としました。

しかし21歳でこれほど借金がある人間にお金を貸してくる人間はそうはいませんでした。

ただ何が何でも見つけないといけない状況だったので来る日も来る日も探し続けました。

その結果やっとお金を貸してくれる人が見つかりました。

おかげでなんとかまたイベントができることが決まりました。

そのイベントは福岡国際センターという1万人も入る巨大な会場を計画しました。

2000万や3000万の借金を返すにはでかいところでドカーンと稼ぐしかありません。

借りたお金も全部つぎ込んでいます。

失敗したらさらに借金が膨れ上がってもう人生終わりということになるので何ヶ月も前から準備し続けました。

しかし、、

イベントは失敗

1万人が入る会場に4000人も来ませんでした。

これにはメンタルが強いことで有名なDJ社長も耐えられませんでした。

借金の額は5000万、6000万に及んでいて返そうにもお金が全くありません。

これを自分が直面したら耐えれませんよね、、

DJ社長が落ち込んでること一週間

きゃりーぱみゅぱみゅが福岡国際センターの隣にあるもっと大きいマリンメッセ福岡で会場パンパンのライブを行なっているのを見ました。

きゃりーはDJ社長と同い年です。

同世代が活躍してて「俺も頑張ったのに」と思います。

その時らへんから彼は「俺も有名人になろ」と思うようになりました。

たしかに当時の彼の借金の額から言って通常に仕事したのでは利子も払えません。

自分一人で身体一つでどうにかするには有名人になって稼ぐしかないと思ったのです

DJ社長になった理由

この当時はまだただの社長でDJ社長ではありませんでした。

有名人になって稼ごうと思った時考えたのは趣味のDJで成り上がることでした。

もうこれしかないと思ったらしいです。

これによってただの社長であった木元駿之介はDJ社長と名乗り活動するようになりました。

DJ社長として活動を始めた当初は誰もDJ社長の存在を知らないので誰からも仕事に呼ばれることはありませんでした。

そこでツイッターを使ってたくさんの人にDJとして出させてくださいとDMを送りまくりました。

なんとか来てもいいよと言われるも勿論ギャラは0

またDJと言ったら海外の最新曲などを流すのが普通。

しかし普通にDJ回して有名になれるわけないと考えた彼はDJでちびまる子ちゃんやアンパンマンの曲を流しずっと喋り続けました。

せっかくわざわざ遠いところから来てギャラ1円も貰えないのだから顔や名前くらいは絶対に覚えて欲しいもの。

なんとか目立とうとふざけにふざけまくってちびまる子ちゃんを流していたのです。

そんなDJ社長のスタイルを気にくわない人は多数いました。

ツイッターに悪口を書かれたり、クラブの裏に呼び出された事もあったそうです。

しかしDJ社長は「悪口言われている方が主役、それ以外は脇役」と信じ続けちびまる子ちゃんを流し続けました。

DJ社長はもっともっと知名度を上げようと考えました。

そこでお金をかけずに有名になるには何があると考えた結果ツイッターがあることに気づきました。

Twitterなら誰でも無料でできるからです。

そうしてツイッターにテキーラ一気の動画などを載せるようになりました。

レペゼン地球はどうやって結成されたの?

次第にDJ活動とTwitterに動画を上げ続ける活動が段々と人気になってきてギャラも貰えるようになってきました。

そうすると同じ日に同じ時間に仕事の依頼が来るようになます。

それでもどっちにも行きたいDJ社長が考えたのはグループを作ることでした。

こんな気狂ったDJ社長について来てくれる人で心当たりがあるのがふぉい銀太でした。

ふぉいと銀太は学校や部活を辞めてまで社長についていくことにしました。

正直これは驚きですよね。学校や部活を辞めてでもついていきたい魅力がDJ社長にはあってこそです。

そしてこの3人でレペゼン地球が結成されました。

メンバーはDJ社長、DJふぉい、DJ銀太です。

グループを結成したけれどメンバーに支払う給料などなくクラブへ行く夜行バス代くらいなら何とか出せる程度。しかもリーダーは借金まみれの人間。

DJ社長も気狂ってるけど、それについていく二人もなかなか凄いですよね。

宿泊代などもないからDJ回させてもらうクラブのソファやラブホテルの駐車場などで寝たこともありました。

何時間も激安の夜行バスに揺られて着いてもお客さんが5人ということもありました。

それでも一生懸命頑張っていました。

こんな生活をしているくらいなので勿論DJ活動だけで食べていけていたわけではありません。

地元の福岡でエルフというBARをたてており、今現在レペゼン地球のMGである脇将斗が店長でバイトで働いていたDJまるが稼いでいました。

その資金のおかげでDJ活動に専念することができたのです。

そうすることによってさらに少しずつ知名度と人気が上がっていきました。

そのタイミングでレペゼン地球が出した「YSP」という曲がバズりました。

彼らも驚きました。ただしそのバズりは良い意味ではなく悪い意味でのバズりでした。

たくさんのアンチが湧きました。

そんなバズりですがDJ社長は有名になったことの方がよっぽど嬉しかったらしいです。

ここら辺が普通の人間の思考回路と異なるなと思います。まあアンチを恐れてたらそもそも「YSP」という曲は生まれなかったと思いますが笑

有名になったことによって今まで以上に仕事で呼ばれることが増えたレペゼン地球ですがこの活動を続けていてもきゃりーぱみゅぱみゅを超えることができないということに気づきます。

クラブに既にいるお客さんを楽しませるのではなく、DJ社長の為、レペゼン地球の為に何人の人間がきてくれるのだろうと考えるようになりました。

そうしてレペゼン地球はDJなのに昼間の時間帯に普通のアーティストの様にチケットぴあでちゃんとチケットを売ってライブハウスを借りて全国ツアーをするようになりました。

たくさんのアンチが無謀すぎるという中、地方では売れ残りはたくさん出たが東京ではチケット100枚完売しました。

チケットを売りつけるわけではなくDJ社長が、レペゼン地球が歌うなら行くよと言ってくれた客が100人もいてくれたことに感動します。

そうしてそのままライブ活動を続けてツイッターの活動も続けてしばらくするとYouTubeでの活動も始めました。

DJ社長はユーチューバー?

youtubeのチャンネル登録者数もみるみる増えてレペゼン地球はユーチューバーと言われることも増えました。

しかし彼らレペゼン地球はユーチューバーではなくDJ集団です。

その理由に彼らはYouTubeに広告をつけていません。

今現在166万ものチャンネル登録者数を誇る彼らがyoutubeに広告をつけるとものすごい額の広告収入が入ります。

しかしそれではYouTubeが本業になってしまいレペゼン地球のポリシーに反するため広告をつけていないのです。

DJ社長の夢は?

2018年には夏にZEPPでの3000人ライブを成功させ、冬には幕張メッセで15000人のライブを大成功させDJ社長率いるレペゼン地球として大ブレイクを果たしていますがそれは生半可な努力ではなかったことが容易に伝わります。

その努力の甲斐あって苦しめられた借金の返済もおそらく終わったことでしょう。

今現在166万のチャンネル登録者数ツイッターフォロワー数146万人と有名になったDJ社長ですが彼の夢は東京ドームでライブを行うことです。

この調子なら近いうちにドームでのライブの夢も叶えられそうですね。

ファンとしてはとても楽しみです。

レペゼン地球のオープニングであった「レペゼン地球が日本一〜」が「レペゼン地球が世界一〜」に変わっていました。笑

ABOUT ME
モグラン
こんにちは。モグランです。現役薬学生です。食べること、寝ることが好きです。このブログをきっかけに物事を見る視野を広げられるようになることが目標です。少しでも皆さんの参考になるよういい記事を書いていこうと思います。